<イラク>アジア杯初優勝で市民歓喜 祝砲流れ弾で死亡者も 07/30/2007
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<イラク>アジア杯初優勝で市民歓喜 祝砲流れ弾で死亡者も
【カイロ支局】サッカー・アジアカップで初優勝を果たしたイラクの各地では多くの人々が抱き合い、勝利に酔いしれた。内戦状態が続く中、祖国を離れた海外居住者や難民生活を送る国民にも大きな希望を与えた。
治安当局は29日、サウジアラビアとの決勝の試合時間に合わせ、首都バグダッドなどで車での外出を禁止。しかし、クラクションを鳴らし、国旗を振りながら車を走らす市民の姿も。銃を撃ち鳴らす「祝砲」もあちこちで行われ、ロイター通信は流れ弾などで少なくとも7人が死亡、50人以上が負傷したと伝えた。
混乱が続く故郷では代表選手やスタッフの多くがテロや戦闘で親族を失った。ブラジル人のビエイラ監督は「悲しみの多いイラクに喜びをもたらそう」と選手を鼓舞した。選手たちは腕に黒い喪章を結びながら、決勝戦のグラウンドを駆けた。試合後、英BBCラジオは「イラクにとって非常に重要な日だ。優勝した代表チームのように民族、宗派、地域に関係なくイラク国民が一つにならなくてはならない」と語る市民の声を紹介した。
サッカーのイラク代表はフセイン政権時代、フセイン大統領の長男、ウダイ氏が管理し「勝たなければ刑務所送りだ」と選手を脅し、試合結果次第で、選手に拷問や強制労働を課した歴史がある。
毎日新聞
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中田、プロでも二刀流!不発で散った怪物の夏…高校野球選手権大阪大会 07/30/2007
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中田、プロでも二刀流!不発で散った怪物の夏…高校野球選手権大阪大会
◆第89回高校野球選手権大阪大会 ▽決勝 大阪桐蔭3−4金光大阪(30日・舞洲) プロ注目のスラッガー、大阪桐蔭(大阪)の中田翔(3年)が全国高校野球選手権大阪大会決勝、対金光大阪戦(舞洲)に惜敗。5打数無安打、投げても先発しながら5回途中で降板し、史上2校目の大阪大会3連覇、自身4度目の甲子園出場が消えた。試合後、近年では例を見ない“投打二刀流”でのプロ志望を表明。10月3日の高校生ドラフトへ向け、複数球団競合が確実な超目玉を巡る争奪戦が幕を開けた。
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3点を追う9回、先頭打者であっさり二直に倒れると、もう涙が止まらなかった。胸の「TOIN」の文字を右手で握りしめて勝利を祈ったが、懸命の追い上げも届かなかった。大阪大会史上2校目の3連覇を目指した中田最後の夏。甲子園には届かず、大きな両手で顔を覆った。
「こんな所で負けたくなかった。どうしても甲子園でやりたかった」試合後、泣きはらした顔で気丈に答えた。高校生活最後の試合は5打数無安打。今大会8試合で高校通算87本塁打からの上積みはできなかったが、初回、1死二塁から遊撃へ放った痛烈なゴロは、オリックス・堀井スカウトグループ部長を「門田(博光=元南海)があんな打球だった」とうならせたほど。投げては初回に3失点するなど、4回2/3を7安打3失点で降板した。
次の目標は、怪物らしい豪快なものだった。「日本のプロ野球に入ることしか考えていません」初めて公の場でプロ志望を表明。投手、野手どちらでやりたいか問われると「今は両方でやってみたい。(どちらか選べと言われても)今は何も考えない」と“二刀流”を宣言した。思うような投球ができず、投手をあきらめかけたこともあったが、今大会では30回1/3を投げて4失点。手応えを取り戻した。
目標はレッドソックス・松坂大輔だが、打者への思いも強くなっている。これまで理想の打者を口にすることはなかったが、特別な存在が現れた。オリックス・清原和博だ。巨人時代の2002年、日本シリーズ第1戦(東京ドーム)で、西武・松坂から放った左翼越えの150メートル弾が脳裏に焼き付いて離れない。「打撃のレベルは違いますが、清原さんみたいなオーラを身につけたバッターになりたい」と思いを寄せる。
1年夏、甲子園で本塁打をマークする衝撃のデビュー、昨秋の近畿大会での170メートル弾、今春のセンバツでの2試合連発…主役はいつも中田だった。「こいつらと一緒に野球をやれて楽しかった。精いっぱいやったので悔いはないです」銀メダルを見つめ、ベンチ裏でチームメートとまた涙にくれた。プロでの二刀流さえ可能と思わせる存在。築き上げた栄光が消えることはない。希望に満ちた新しい世界が中田を待っている。
◆中田 翔(なかた・しょう)1989年4月22日、広島市生まれ。18歳。竹屋小3年時に「広島鯉城リトル」で捕手として野球を始め、6年から投手。国泰寺中時代は「広島鯉城シニア」で日本代表入り。大阪桐蔭で1年夏からベンチ入り。同年夏、2年夏、3年春の甲子園に出場し、甲子園通算4本塁打。183センチ、95キロ。右投右打。家族は母と兄。
スポーツ報知
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